アメリカの戦争と株価推移

2017年新年度の相場はシリア情勢、北朝鮮情勢の緊迫化といったように地政学リスクに直面しております。実体経済は良いように見えるのですが、こういった有事関連ニュースが不安心理を煽り、マインド的にリスク回避姿勢になってしまうのはとても残念。また、最近の国際的な政況、保護主義路線も相互に作用して、ファンダメンタルズに悪い影響を与えないか心配です。

このように最近の市場は重苦しい雰囲気に包まれておりますが、過去の有事の際の市況はどうだったのだろうと調べてみました。今回は経済大国が関与する1990年以降の有事として、①1990年の湾岸戦争、②2001年のアメリカ同時多発テロ、③同年のアフガニスタン侵攻、④2003年のイラク戦争の際の、(a)日経平均株価、(b)ダウ平均、(c)ドル円、(d)原油価格の推移を以下にまとめております。

しかし早速余談となりますが、いざ過去の戦争の事例を調べてみますと、地域紛争は多数あるものの、経済大国が絡むものはアメリカの事例だけですね(ロシアは経済大国の定義から外れるとして)。最近もシリア、北朝鮮と国際社会から非難される各国の行動はあるものの、それにアメリカが干渉して世界は緊張しと、もうちょっと平和的に調整を図ってもらいたいものです。

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①湾岸戦争の時代背景

さてさて、まずは1990年の湾岸戦争の際の推移を見てまいります。

湾岸戦争は1990年8月2日にイラクがクウェートを侵攻したことに始まりますが、その背景にはイラクがイラン・イラク戦争(1980年9月~1988年8月)の多額の戦時債務の返済に窮していたということがありました。

イラクは石油輸出で稼ごうとするものの、隣国のクウェートとアラブ首長国連邦(UAE)がOPECを無視した大量の採掘をし、原油価格を値崩れさせ、イラク経済は大打撃を受けていました。イラクはクウェートとUAEを非難し、UAEは石油増産を縮小したもののクウェートは行動に移さず、また、油田の権益のいざこざもあり事態は複雑化していきました。

エジプトのムバラク大統領など諸国が仲裁に入るものの、イラクはクウェートに対し軍事行動に移り、イラクの奇襲攻撃によりクウェートは1日たらずで全土を占領され、クウェートはイラクに併合されました。

その後、イラクは民間人を監禁し「人の盾」として使い、世界各国からその行為を批判されています。世界は協力し、1991年1月17日に国連の認可のもと米、英、仏といった多国籍軍がイラクに侵攻、空爆と地上作戦により戦況は多国籍軍の完全優位に運び、3月3日には暫定停止協定が結ばれました。また、その渦中には米国-ソ連間でマルタ会談が行われ、東西冷戦が終結したことも時代背景としては大きな出来事となっています。

②湾岸戦争時の株価推移

その当時の日経平均は、直前の1989年12月29日の大納会に過去最高値38,915円を付けるといったバブル崩壊前夜であり、地合の大前提として大きな下げトレンドに入っていく最中にありました。

イラクのクウェート侵攻時の1990年8月2日の株価は30,245円、10月1日には20,222円となり、なんと10,000円近くもこの短期間に暴落。日本人に「株は怖い」というイメージがついてしまうのも頷けます・・・。なお、12月2日のマルタ会談や、1月17日の多国籍軍の攻撃開始後には株価は反転していることが分かります。停戦協定後は当時の高値圏で一旦モミモミしながら、その後、ずるずると下がっていくことになりました。

続いてアメリカを見てみましょう。
ダウも同様にイラクのクウェート侵攻を皮切りに、8月2日の2,865ドルから10月11日には当時の安値圏2,365ドルと約18%下げました。その後、マルタ会談、多国籍軍のイラク侵攻といったイベントを経て株価は反転していき、戦争前の高値水準まで戻していきました。また、暫定停戦協定後は約1年間のもみ合いを経て、その後上放れていくことになります。

日経平均もダウ平均もそうですが、攻撃対象国が不穏な行動をとっている最中は株価は下落傾向にあり、連合軍の攻撃開始とともに上昇傾向になるように感じます。これも戦闘がアメリカ優位に運ばれたが故のことかと思いますので、大きな反撃を受けたり、戦闘が長期化した場合は結果は違ったのかなと思います。

原油価格は上述の背景のとおり、この戦争が原油に起因していることもあってか短期間に大きく変動しています。イラクのクウェート侵攻とともに原油価格は2ヵ月で約2倍となり、戦況の沈静化とともに価格も平時の状態に戻っています。

③9.11同時多発テロからイラク戦争までの時代背景

次に、2001年の同時多発テロからアフガニスタン侵攻、そして2003年のイラク戦争までの一連の流れを見てみたいと思います。

2001年9月11日、あの光景はTVを通した映像であっても忘れられないものです。
テロ後、西側資本主義を象徴するワールドトレードセンターは倒壊し、アメリカの市場は9月17日まで休場となりました。テロの翌12日にはブッシュ大統領はテロとの戦いを宣言し、国連やNATOもそれに協力しました。NATOは集団的自衛権を発動し、テロの首謀者とされるアルカイダのオサマ・ビン・ラディンの引き渡しに応じないアフガニスタンのタリバン政権に対し、アメリカ、イギリス、フランス、カナダ、ドイツなどの国は10月7日から空爆を開始しました。有志連合軍と現地の同盟軍は圧倒的な軍事力により首都カブールを11月13日に制圧。12月22日にはカルザイ氏を議長とする暫定政権が成立しました。

イラクに目を移してみると、9.11テロの際、イラクの国営放送は「アメリカのカウボーイがこれまで犯してきた人道への犯罪に対する果実だ」と報道しましたが、後日、イラクのサダム・フセイン大統領はアメリカ市民に弔意を示しました。

時を同じくして、アメリカはイラクのテロ関与を疑いはじめ、2002年の一般教書演説の際にブッシュ大統領は「イラク、イラン、北朝鮮は大量破壊兵器を保有するテロ支援国家である」と名指しで非難したように、対イラクの姿勢が強硬になっていきました。

そういった中、イラクの核開発の疑いが浮上。それには国連も関与し、国連はイラクが武装解除義務の不履行を続けていると判断し、査察団の受け入れをイラクに要求し、イラクはしぶしぶ応諾しました。査察団の調査報告の中では大量破壊兵器の決定的な証拠は発見されませんでしたが、イラク側の報告には「非常に多くの疑問点」があることや、生物兵器、化学兵器の廃棄情報などイラク側の申告内容に虚偽があるといった旨が伝えられました。これら状況を受け、アメリカとイギリスは態度を硬化。その一方で、フランス、ドイツ、ロシア、中国などが戦争反対を表明し査察継続を支持するものの、米英はそれを押し切り、2003年3月17日に国連の支持を得ないまま米英はイラク攻撃に移るのでした。

なお、フセイン政権崩壊後、アメリカ軍と査察団は大量破壊兵器の調査を行うのでしたが、それらは全く見つからず、拘束後のフセイン大統領も「湾岸戦争後の国連の査察ですべて廃棄させられたため最初から無かった」と述べ、国際的にも米英のイラク侵攻は批判されることになりました。また、戦況については、アメリカ軍の圧倒的軍事力により2ヵ月足らずで終結に向かうのでした。

④同時多発テロからイラク戦争までの株価推移

さて、前置きが長くなりましたが、9.11同時多発テロからイラク戦争までの日経平均の動きは以下表のとおりとなります。
こちらも湾岸戦争の際の下げトレンドと同じように、「失われた10年+α」の真っ最中。9.11の前から既に日経平均は下げに下げ、9.11で下げにも拍車が掛かったように思えます。

テロ同日の2001年9月11日の日経終値は10,292円(テロは引け後に発生)、翌12日の終値は9,610円と、約7%の下げとなっています。その後、一旦底を打ち、アメリカのアフガン侵攻時にはテロ前の水準まで反発。それと時期を同じくして為替は大幅な円安方向に向かいました。アフガニスタンの暫定政府成立後は調整しながらも11,980円の当時高値を付けて、その後イラク戦争を経ながらズルズルとバブル崩壊後最安値に向かうのでありました。

イラク戦争の際も、イラクの不穏な空気とともに日本の相場環境は悪化し、日経平均はブッシュ大統領の戦闘終結宣言まで一方的に下げております。戦闘終結宣言の直前の2003年4月28日に7,607円というバブル崩壊後最安値を付け、小泉政権下のいざなみ景気に入り、その後株価は上昇基調をたどっていきました

続いて、ダウの推移は以下表をご覧ください。
9.11同時多発テロの際には前日9月10日のダウが9,605ドル、4営業日の休場を経て9月17日には8,920ドルと約7%のマイナスとなりました。9月21日の8,235ドル(テロ前から14%下落)で一旦底を打ち、10月7日のアフガニスタン侵攻も絡めながら反発し、約2ヵ月かけてテロ前の水準に戻っていますしかし2002年3月半ば以降は下落傾向にあり、イラク情勢の不安定化も上値を抑える要因になったように見えます。ただし、2003年3月17日の米英のイラク空爆の頃からは力強い上昇基調に入り、大規模戦闘終了宣言後も上値を追いかける展開となっていきました。

この間、原油価格は有事で上げたり下げたりと一方向に進むわけではなく、また、湾岸戦争時ほどの極端すぎる動きまでにはなりませんでした。

テロ発生前の9月10日には原油価格は27.6ドルでしたが約2週間後の9月24日には21.4ドルと22%の急落となっています。また、アフガン侵攻後も相場は下落傾向にあり、暫定政府成立後は徐々に9.11前までに値を戻してきております。また、イラク戦争の際には、イラクの不穏な空気とともに原油は値を上げてきてましたが、戦闘開始後は急落しております。産油国に戦争の足音が近づくと原油価格は上げ、武力衝突であれ戦争が解決の方向に向かうと下げと、株とは逆の動きをしているようです。

⑤最後に

最近の市場の定説は「リスク回避の円買い」ですが、このように見てみると、当時はそのフレーズが当てはまっていないようです。

先日テレ東の番組で「リスク回避の円買いはリーマンショック後に行われるようになった」と言っているのを耳にしましたが、リーマンショック当時を思い返すと、その際の日本の金融機能の安定度は抜群で、民間では野村HDがリーマン・ブラザーズの欧州部門を買収したり、三菱UFJ FGがモルガン・スタンレーを持分法適用会社にしたり、三井住友FGがバークレイズに1,000億円超出資したりとイケイケでしたので、なるほどなぁと思えました。

時代とともに相場のセオリーは変わっていきますが、このように見てみると、有事関係で不穏な空気が漂い始めたらショート、最悪武力衝突が起きても西側諸国の攻撃が順調であればロングといった方策となりそうです。ただ、昨今は大陸間弾道ミサイルや核兵器といったこれまでにない技術を保有する国もありますので、テールリスクも最悪意識して世の流れを感じていくことが必要そうです。

また時間を見つけて有事の際の個別銘柄推移や、北朝鮮の挑発時の株価推移も研究してみようと思います。

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